
板谷博が亡くなったことを知ったのは、中野で行われたベルリン・コンテンポラ−
リー・ジャズ・オーケストラのコンサートであった。この時はオーケストラのメン
バーに日本人のミュージシャンが加わるという試みがあったのだが、そのメンバーの
一人が彼であった(なお、その時の日本人ミュージシャンはオーケストラのメンバー
でもある高瀬アキのセプテットからドラムの小山彰太を除いたメンツであった。この
セプテットによるアルバムは「オリエンタル・エクスプレス/高瀬アキセプテット」
(オーマガトキSC−7109)として発売されている。傑作です)。しかし、実際
には彼は登場せず、その代わりに佐藤春樹が座っていた。確か、ステージの途中で高
瀬アキの口から昨日、板谷博が亡くなったということが告げられた。後日、このコン
サートを見た人から「あれはなかなかいいコンサートだったよね」と言われたときに
は答えに窮してしまった。途中からは板谷博が死んだという気持ちの方が強くなって
しまっていたからだ。ただ、最後に板谷博に捧げますとプレイした曲の美しさは今で
も耳に残っている(確か、グッドバイという曲だった記憶が)。とにかく力強く、美
しかった(この日の演奏もDIWレコードからCD化されている。僕自身は未聴)。
TAKASE AKI
SEPTET/ORIENTAL EXPRESS <Enja9101> その関連のミュージシャンばかり見ていたんだろうと言われればそれまでなのだ
が、見に行くライブ見に行くライブ、トロンボーンはほとんど板谷博だった。ステー
ジ上にデンと板谷博はいた。彼は非常に几帳面であったという。非常にきちんとして
いる人だったという。音楽のことを語らせたら一晩中でも語り続ける理論派であった
という。吾妻光良は板谷博を蘊蓄を語らせたら本当にスゴイというコメントをつけて
紹介していた。梅津和時はビバップを吹かせたら日本一とか言って非常に長いソロを
とらせていた。毎年、横浜のエアジンで行われている板橋文夫の年越しオールナイト
ライブでも板谷博のソロコーナーがあった(他のメンバーの休憩を兼ねていたと思
う)。そのコーナーの時には、準備もないためかいつも困った顔をして、でも心が決
まるとスッとトロンボーンをちょっと上に向け構える姿が印象的だった。静けさのあ
るいい演奏だった。気のいい酔っぱらいのおやじがステージ上にあがろうとするのを
片手でびしっと制止したのも板谷博だった。渋さのステージにもいたし、松本治の代
わりに渋谷オーケストラのステージにいたこともあった。本当に見に行くライブには
板谷博がデンと佇んでいた。
ミュージシャンにとってもデンと構えていた人だったのだろうか、亡くなって1年
後の新宿ピットインでの追悼ライブでは、入道が確かこんな風にいっていた。「板谷
さんが隣にいないとなかなか歌う気になれなくて、寂しくて」と(彼は新宿ピットイ
ンのブルースセッションのレギュラーだった。年に2,3回しか行われないこのセッ
ションは板谷氏が亡くなってから行われてなかった。その後、メンバーは替わりつつ
も再開している)。
個人的にもっとも印象的だったのはアケタの店で見た彼のフランジャイルという
リーダーバンドのライブである(このバンドは板谷のトロンボーン、八尋のベース、
芳垣のドラムというトリオ編成であった)。何が印象的だったかと言えば、客が僕だ
けだったから。たった、一人である。そんな中、板谷博は客以上に己を意識した演奏
をしていた。明らかに自分の音に立ち向かっていた。メンバー紹介もするし、時間が
まだあるからと1曲余計にやってくれたりもしたが、板谷博は両目を閉じ、意識を音
の彼方に向けながら自分にとって最良の音を紬だそうとしていた。そんな演奏が悪い
はずはなかった。特に板谷博のオリジナル「レッツ・トーク・アバウト・ミスター・
チャーリー・ミンガス」とあの「オーバー・ザ・レインボウ」は出色の出来だったと
今でも思っている。そして、これが個人的には板谷博のリーダーバンドを見る最初で
最後の機会となってしまった。
板谷博はギルティイ・フィジックというリーダーバンドも率いていた。彼自身の活
動の主体はこのバンドにあった。彼自身が残したリーダー・アルバム2枚(「Shake
You Up」、「Val」)もこのバンドによるものである。どちらも素晴らしい出来だ
が、特に後者が素晴らしい。発売された当時も良く聴いていたが、今聴いてもその素
晴らしさは色あせていない。モンクの「ベムシャ・スイング」のハッピーな揺れで始
まるこのアルバムは板谷博の多彩なオリジナル、コルトレーンなどを通過して、美し
い「オーバー・ザ・レインボウ」で幕を閉じる。板谷、松風(リード)による2管に
石渡、三好による2本のギター、八尋(ベース)、小山彰太(ドラム)によるリズム
隊は、緩やかに歌い、激しくつっこんでくる。いいアルバムは(色々な要因により)
古くならないと思っているのだが、これもそんな1枚である。
板谷博GUILTY
PHISIC/VAL<Off Note ON-6> 最近、アケタ(明田川荘之)の「Mr.板谷の思い出」というソロアルバムをよく
聴いていた。だから、こんな文章を書いているのかもしれない。このアルバムのライ
ナーでアケタはタイトル曲について「理論武装していた氏が実は凄くロマンティスト
だったということを、この曲で如実に語ります」と書いている。板谷氏がロマンティ
ストだったということは彼の演奏から十分に感じられた。そして、もちろん、この曲
は板谷博を少しでも聴いていたモノに対してその気分を伝えてくれる、そんな名曲で
ある。
Mr.板谷の思い出・明田川荘之 ソロ MHACD-R2301(AD-60CD) 暑くなってくると、板谷博が亡くなったときのことを必ず思い出す。その日が6月
30日だったか7月31日だったのかと毎年のように考えながら(改めて調べてみる
と6月30日だった)。彼の死からもう4年がたった。当たり前のことだけれども彼
の代わりはいないんだよなと改めて思っている。 〈文中敬称略〉
板谷博のCD「Shake You Up」と明田川荘之のCD「Mr.板谷の思い出」はア
ケタズディスクから発売されています。アケタズディスクに関しては下記サイトへ
http://www.sns.ne.jp/aketa/
もう1枚の板谷博のCD「Val」はオフノートレーベルから発売されています。
TEXT by【ムラタ ジュン】
<12/Aug./2000>